自分の常識は相手にとっての非常識?

常識と非常識
From:中尾隼人

 

先日、アウトソーシングの仲間と打ち合わせしていた時のこと、、、

 

それぞれ仙台・栃木・東京が本拠地のため、アクセスしやすい大宮に集合。
駅のカフェでいま立ち上げている案件や今後について意見交換と情報のシェアが目的。

 

僕以外の二人はシステム開発の会社を経営しながら自身もプログラマーな人たち。普段は制作のディレクションやセミナー・コーチングやっていて、喋ることが仕事のような僕と二人はぜんぜん違う。

その時も、お互いの文化のギャップを痛感し合ってました。

 

当たり前が通じる範囲は意外に狭い

一緒に案件を進めている理由は、とても簡単。
僕には持っていない強みを持っていて、そして、僕自身も自分の強みを活かすことで良いチームにあって、今までできなかったようなことが可能になるから。

 

だから、打ち合わせをしているだけでも、すごく勉強になる。
例えば、僕があるプログラムを作ってほしくて依頼する場合も、彼らに相談すると、

 

「それだと、◯◯の項目も決めておかないと後で上手くいかなくなりますね」
「そういう機能をつけたいなら、△△なプログラムも作らないといけないですよ」

聞いてるだけで、
「おぉ、確かにそうですね。流石ですね。」
いっつも感心する。でも、それらのことは彼らにとっては当たり前の確認事項。

 

 

そして、これが逆もあるわけ。新しいシステムを利用した業務の仕組み化について話し合ってる時。実際のいま使用しているサービスの画面を見せながら、

 

僕「今は、このプログラムと、こっちのプログラムと、あとそれのプログラムが別々な管理画面なんですよ、だから、まずはこれらを一括で管理したくて、、、」

 

すると、
彼「え?なにこの画面?これって何に使うの?」

僕「えっ、◯◯さん知らないんですか?てっきり使ってると思ってましった。」

彼「いやいや知らないよ。てか、そういうの使ったこと無いよ。」

 

持ち場が変われば、常識も非常識

マーケティングのサポートや制作って良い風にくくれば同じ世界にいる人達。
でも、同じ世界にいるのにお互い知識や認識のギャップは意外にある。

 

このギャップって、フロントマンとエンジニアのくくりだとすごく解りやすい。
でも、それ以外にも実はまだまだある。デザイナーとライターでもそう、カメラマンと動画専門のカメラマンもそう。当然知っているだろうと思う常識が、実は相手にとっては常識じゃない。
何が言いたいのかっていうと、それぞれの非常識を理解することで今まで出来なかったこともできる様になるってこと。こういう専門家が集まるプロジェクトでうまくいかない理由っていうのは、自分の常識を相手の常識と思うことで、認識でギャップが生まれて成果につながらないことが結構ある。

 

いろんな専門家と話せば話すほど、このギャップを強く感じる。そりゃそうだよね、ギャップがあるから専門家ということだしね。そりゃそうなんだけど、結構忘れがちなこと。

 

こうやって書いて自分への戒めにもしていたりする。
「自分の常識が相手の常識とは限らない。むしろそうじゃないと思った方がいい。」

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